自殺のリスク要因は何か?コロナ禍で高まりやすい要因について考える

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コロナ禍での自殺者の増加

2020年の自殺者数が、先日発表されました。
総数は2万919人と、11年ぶりの増加でした。

特に女性の自殺者数の増加が目立ち、今後のケアの方向性、介入の方法を考えることが急務となっています。

しかし、何をどう支援すればリスクの低減につながるのでしょうか?

今回は、松本俊彦先生の、『もしも「死にたい」と言われたらという本に紹介されていた、Joinerらの自殺の対人関係理論を紹介します。

この理論は、自殺に対する心理的なハードルに注目した考えです。
何が自殺のリスク要因になるのか、実行の有無に関わるのか、大きなヒントになるのではないかと思います。

自殺の対人関係理論

この理論では、「自殺」という行動の生起に関して、「獲得された自殺潜在能力(以下、自殺潜在能力)」、「所属感の減弱」、「負担感の知覚」という3つの概念が想定されています。

自殺潜在能力

自殺潜在能力は、身体の痛みに対する抵抗感の低さ・慣れを反映したものです。例えば、複数回の自傷行為は、自傷行為をしたことがない人と比べて、自殺潜在能力が高いと考えます。

自殺の潜在能力を高めるものは、以下のものが例として挙げられます。

自殺以外の意図から故意に自分の健康を害する行動

  • リストカット(死に至らない自傷行為)
  • 摂食障害(拒食や過食・嘔吐)
  • アルコール・薬物乱用 など

その他、慢性的な痛みを抱える経験

  • 身体接触を伴う激しいスポーツ
  • 暴力被害・加害の経験
  • 頻回の外科手術
  • 慢性疼痛を伴う持病 など

つまり、「自殺」という行動に対してのハードルがどのくらい高いのか、あるいは低くなっているのか、ということに関わると考えられます。

スポーツが含まれているのに驚きましたが、確かに格闘技の選手は、全く格闘技をしたことがない人に比べると、痛みへの耐性や慣れが生じていることが想像できます。

所属感の減弱

次の「所属感の減弱」は、現実に人とのつながりがなく、孤立している状態を意味するとともに、「自分の居場所がない」あるいは「誰も自分を必要としている人などいない」という主観的な感覚も含まれています。

所属感の減弱をもたらすものとしては、以下が挙げられます。
  • 職場、学校でのいじめ被害、パワーハラスメント
  • 家族との関係の不和、虐待を受けること
  • 単身生活、社会的な引きこもり
  • 自分にとって価値のあるもの、大切なものの喪失
  • 精神科治療、カウンセリングなどの心理学的な援助を受けることに対する偏見
  • 支援資源へのアクセスの悪さ など

昨年は、学校が休校になったり、仕事がリモートワークになるなど、今までにない変化が起きた1年でした。状況よっては、孤立を強く感じた人もいたかもしれません。

さらに、ここで注目すべきなのは、「精神科治療、カウンセリングなどの心理学的な援助を受けることに対する偏見」、「支援資源へのアクセスの悪さ」が含まれていることです。
例えば「悩みは自分で解決するものだ」、と考えている人の場合、支援機関に足を運ぶことはないかもしれません。そういったことも所属感の減弱に関わるんですね。

負担感の知覚

3つ目の負担感の知覚は、「自分が生きていることが周囲の迷惑になっている」、あるいは、「自分がいないほうが周囲は幸せになれる」という認識を指しています。

例えば、加齢や身体疾患などで介護が必要になり、介護者に対して「自分のせいで迷惑をかけてしまっている」と感じるような状況がイメージしやすいかもしれません。

下の図は、それぞれの要素がどのように関わっているのかを図で表したものです。本書に紹介してあるJoinerら(2009)の図に少し改変しています。

「所属感の減弱」、「負担感の知覚」がいずれか一つのみの場合は、「もう生きているのが嫌だな」というような、消極的な自殺願望にとどまるといわれています。

しかし、これらの2つが重なることで積極的な自殺願望につながります。
そしてさらに痛みへの耐性ができていたり、自分を傷つけることに対する抵抗感が低い状態と合わさったとき(自殺潜在能力がある状態)、切迫した自殺の危機となります。

自殺の対人関係理論の図

自殺の対人関係理論の図 Joinerら(2009)を参考に改変

コロナ禍における自殺のリスク

さて、自殺の対人関係理論について紹介してきました。

ここでは、現在のコロナ禍において高まりやすい要素は何か考えていきたいと思います。

検査で陽性となった方の自宅療養、不要不急の外出自粛、在宅勤務への切り替えなど、元々所属していた場所から離れて過ごす時間は今までになく増えました。その結果、所属感の減弱は生じやすい状況にあると思います。

負担感の知覚に関しては、特に感染や検査の陽性において、「自分が誰かにうつしてしまうかもしれない」という気持ちを抱きやすいことが考えられます。

実際に自宅療養中の女性のニュースも話題になりました。

「所属感の減弱」と「負担感の知覚」に関して、以下のように書かれています。

自殺潜在能力が長年の蓄積による静的な要因であるのに対し、所属感の減弱や負担感の知覚は動的かつ可塑的であり、短期間の介入によって変化しやすいからである。

本書の中では、介入の例として以下が挙げられています。

  • 否定的な認知を生み出している気分障害の治療
  • 家族に対する心理教育
  • 経済的問題解決のためのソーシャルワーク
  • 家族に対する心理支援 など

自殺潜在能力については、家で過ごす時間が長くなることで自宅での飲酒の増加、家庭内での暴力などが懸念されます。
お酒を飲む人は飲酒量が増えてないか、飲酒時間が長くなっていないかなど、ぜひ気をつけてみてほしいと思います。

自分は大丈夫、あの人なら心配ないと過信せず、もし気になる人がいれば、声をかけてあげてもいいかもしれません。

終わりに

Go Toトラベルの中止や緊急事態宣言の発令により、経済は大きくダメージを負いました。
感染拡大防止が喫緊の課題であることは理解している一方で、どうしても非正規雇用、サービス業に多い女性へのしわ寄せ、影響が懸念されます。
そして、自粛や経済活動が抑制される時間が延びるほど、その影響は大きくなります。

今まで以上に友人同士、家族同士で連絡を取り合うなど、積極的にコミュニケーションをとり、必要に応じて支援を求めてほしいと思います。

相談窓口一覧

★厚労省相談先一覧(厚労省HP)

★厚労省の電話相談一覧(厚労省HP)

★大阪府の相談窓口一覧(大阪府HP)

(参考)
松本俊彦『もしも「死にたい」と言われたら 自殺リスクの評価と対応』中外医学社、2015

Joiner, T.E.,Van Orden, K.A., Witte, T.K., et al. (2009) The Interpersonal Theory of Suicide: Guidance for Working with Suicidal Clients. Washington, D.C: American Psychological Association(北村俊則 訳『自殺の対人関係理論 予防・治療の実践マニュアル』日本評論社、2011)

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